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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)598号 判決 1973年11月29日

控訴人 株式会社三井銀行

右訴訟代理人弁護士 各務勇

同 鎌田久仁夫

被控訴人 小宮キク

被控訴人 小宮晃

被控訴人 小宮朗子

被控訴人 小宮守夫

被控訴人 小宮信一

右五名訴訟代理人弁護士 松井一彦

同 大谷昌彦

主文

原判決を取消す。

被控訴人らの請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実に関する陳述及び証拠の提出、援用、認否は、控訴代理人において当審証人会田義男の証言を援用したことを付加するほかは、原判決の事実摘示(別紙物件目録を含む)と同一である。

理由

本件土地建物(原判決の別紙目録(一)記載の建物並びに同目録(二)及び(三)記載の土地)が被控訴人らの共有であり、且つ右土地建物に被控訴人ら主張のとおり控訴人を債権者とする根抵当権設定登記及び同変更付記登記がなされていることは当事者間に争いがない。

そして、原審証人鈴木徹及び同高岡秀和(第一、二回)の各証言によれば、右各登記は控訴人溝の口支店の係員と被控訴人らの代理人としての訴外寿一こと鈴木徹との間で成立した根抵当権設定契約及び債権元本極度額変更契約に基づいてなされたものであることが認められるので、以下右鈴木徹が被控訴人らを代理して右各契約を締結すべき権限を有していたか否かについて判断する。

<証拠>によれば、およそ以下の事実を認めることができる。

(一)本件土地建物はもと被控訴人らの先代小宮賢蔵の所有であったが、同人が昭和三五年一二月七日死亡したので、被控訴人小宮キクは妻として三分の一の相続分、その余の被控訴人らはいずれも子として各六分の一の相続分によりこれを承継したものである。

(二)右小宮賢蔵は生前訴外玉置健作より借財をして、その弁済のため原判決の別紙目録(一)記載の建物及び同目録(二)記載の土地を同人に譲渡することを約していたので、被控訴人らは右玉置より右土地建物の明渡を要求され、更に固定資産税の滞納及び区画整理に伴う清算金の滞納のため川崎市より再三督促を受け、滞納処分による差押をも受けるに至ったものであるが、たまたま被控訴人小宮キクが創価学会の会員であったので、昭和四一年一〇月頃の同学会の会合において同学会神奈川県総支部長で公明党所属の川崎市市会議員である訴外皆川令次に窮状を訴え、固定資産税及び区画整理の清算金の支払を川崎市より猶予して貰えるように陳情し、更に前記玉置の明渡要求に関しても、これに対処すべき方法について相談した。

(三)ところで皆川令次は、土建業土金企業有限会社の経営者で且つ創価学会員の訴外細田金太郎とかねてから親しい間柄にあり、土金企業が控訴人に取引を申込むに当り口添えするなどして右土金企業を応援していたものであり、また前記訴外鈴木徹は皆川より細田に紹介され、土金企業のため資金の借入に関する手続を一切委され、土金企業と控訴人溝の口支店との取引の折衝に当っていたものである。

ところで、皆川は被控訴人キクより前記の陳情、相談を受けるや、鈴木を自己と同様に信用のできるものとして被控訴人キク及び同晃に紹介し、右四名はその後数回にわたり執るべき方策について話合を重ね、その間皆川及び鈴木は前記玉置に面会して事情を尋ねたところ、玉置としては、被控訴人らに対し移転先を斡旋するから本件土地建物を明渡して貰いたいという意向であったが、玉置の説明による債権額と被控訴人らの言分との間に相当の差があり、且つ本件土地建物について玉置のため所有権移転登記又は同仮登記がなされていないことが判明したので、皆川及び鈴木は、昭和四二年四月頃被控訴人キク及び同晃に対し、固定資産税及び区画整理の清算金の滞納分に関しては、一応皆川及び鈴木の関係している土金企業において立替え支払っておくとともに、玉置ら債権者の追及を免れるためには本件土地建物につき土金企業のため銀行に相当多額の抵当権を設定してその旨の登記をしておくことが良いと申し向けた。皆川らの右申出に対し、被控訴人キクは、皆川が自己と同じ宗教団体の幹部であり、しかも市会議員でもあることから、同人を固く信用していたので、直ちに承諾し、被控訴人晃は始め抵当権を設定することに難色を示したが、結局は被控訴人キクの意見に従うこととなり、その余の被控訴人らはすべて被控訴人キク及び同晃の処置にまかせていた。そこで被控訴人キク及び同晃は設定すべき抵当権の具体的内容及び設定の手続をすべて鈴木に一任することを約し、その頃鈴木に本件土地建物の権利証及び被控訴人らの印鑑証明書を交付するとともに、被控訴人らの印鑑を預け、鈴木において控訴人から渡された用紙を用いて契約証書(乙第一一号証の一、二及び第一二号証)や委任状を作成し、控訴人との間に前記根抵当権設定契約及び債権元本極度額変更契約を締結し、これに基き控訴人において本件土地建物に根抵当権設定登記及び同変更付記登記をなしたものである。

(四)その後昭和四三年五月末頃土金企業が倒産し、同年八月頃控訴人溝の口支店の係員が被控訴人キク及び同晃に面会して、土金企業が倒産し債務額が二〇〇〇万円を越える旨を告げたところ、同被控訴人らは皆川及び鈴木に対して憤慨の感情を示したが、本件根抵当権の存在はこれを否定せず、何時土地建物を明渡さなければならないか、明渡すときには土金企業から立退料を貰わなければならない、などと語っていた。

およそ以上の事実を認めることができる。原審証人皆川令次の証言並びに原審における被控訴人小宮キク及び同小宮晃各本人尋問の結果のうち、以上の認定に反する部分はいずれもたやすく措信できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

そして以上の認定によれば、被控訴人らは皆川及び鈴木並びに同人らの関係している土金企業を信用し、滞納税金等を立替え支払って貰うことと玉置の明渡要求に対処するため、本件土地建物に土金企業のため抵当権を設定することを承諾し、抵当権者となるべき銀行及び担保さるべき債権額を決めることを含め、一切の手続を鈴木に委任し、本件係争の土地建物についての抵当権設定に関する包括的な代理権を同人に与えたものであって、同人が控訴人と締結した前記根抵当権設定契約及び債権元本極度額変更契約はいずれも右代理権に基く有効な契約ということができる。

なお、前掲の各証拠によれば、皆川及び鈴木は、被控訴人らの皆川らに対する信頼と被控訴人らの法律的知識の乏しさに乗じ、被控訴人らに対して土金企業の実態について正確な説明をすることもせず、また土金企業の債務返済の能力を軽信し、被控訴人らの予想を越える多額の債務について根抵当権を設定し、そのため土金企業の倒産によって被控訴人らの利益を害する結果を招いたことが認められ、皆川及び鈴木の行為は委任者である被控訴人らに対する関係において善良な管理者の注意義務を尽したものとはいうことができず、しいては被控訴人らの信頼を裏切ったとの非難を免れることができないであろう。しかし、代理人が授権された代理権の行使を誤って委任者の利益を害したということと無権代理行為とは厳に区別されるべきものであって右のごとく鈴木らに被控訴人らの信頼を裏切る結果となるような不都合があったとしても、そのことによって前記の認定、判断を覆えし、前記根抵当権設定契約及び債権元本極度額変更契約が鈴木の無権代理行為によるものとしてこれを無効であるとすることはできないものといわなければならない。

以上の次第で、鈴木の行為につき表見代理の成否を論ずるまでもなく、本件根抵当権設定契約及び債権元本極度額変更契約並びに右各契約に基く根抵当権設定登記及び同変更付記登記はいずれも有効であって、右各登記の抹消登記手続を求める被控訴人らの本訴請求は失当たるを免れない。よって右と趣旨を異にする原判決は不当であるから、民事訴訟法第三八六条の規定により原判決を取消し、被控訴人らの請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法第九六条、第八九条及び第九三条第一項本文の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 平賀健太 裁判官 安達昌彦 裁判官石田実は退官につき署名押印することができない。裁判長裁判官 平賀健太)

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